DAIGOの想い

日々見たもの、感じ取ったものを私の目線で、書いてみようと思います。よかったら、見てくださいね☆彡

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とある人の本の中で、
「ラーメンが好きな人は、美味しいラーメンを求めて、いろいろと情報を集めたり、遠くまで足を運んだりするはず。趣味というものはそういうもの。僕は、ラーメンに趣味はないけれど、サッカーに関しては貪欲だし、美味しいラーメンを探すように、情報収集をして、ヨーロッパまで足を延ばした。もっと美味しいものがないかと、チャンピオンズリーグを目指した。僕にとってサッカーは特別なことではない。文字通りの趣味であり、そして特技なのだ」
と書いていた。
 このような文章を読みながら、ふと考える。
そもそも私にとっての趣味とは、何なのだろうかと。
 時間も、お金も惜しまず手に入れたいこと。
 はて、なんだろと。

 そこで、一番に思いつくのは、写真と旅だ。
 振り返ると、この二つに相当のお金と時間をかけてきた。
 この二つと知り合わなければ、きっと高級なクルマに乗れたのではないかと、ときどき人と話をしながら感じることがある。
 でも、それだけのお金や時間をつぎ込んだことに、後悔はないし、そのお金を惜しいと思ったことはない。
 その二つによって、たくさんの思い出を作ることができしたし、それに多くの人と知り合うことができた。

 ただ、最近その二つにしんどさを感じた。
 結婚したせいか、スリルを求めた冒険ができなくなってきたからだ。
 旅はもちろん、写真だってそう。
 当たり障りのない写真ではなく、目の前の景色に勝負を挑むような写真。
 当たればすごくいい写真、外れれば使い物にならない写真。
 それは、景色との勝負にかかっている。
 そんな写真を撮るときは、まず自分の心が充実していないとできない。
 心に悩みを抱えていたら、無理だ。
 写真を撮りながら違うことを考えていたら、勝負に負けてしまう。
 また、誰かと一緒に写真を撮りに行っても、そう。
 一緒に撮りに行った人に気を遣ってしまって、なかなかいい写真が撮れないことが多い。

 趣味というものは突き詰めれば、そんな風に次々とこだわりを覚えていくものなのかもしれない。
 だって、写真だって、旅だって、やり始めたときにはそんなこだわりも持っていなかったのだから。

 このように、趣味とは正直言って、厄介なものなのかもしれない。
 突き詰めれば突き詰めるほど、楽しみの範囲を狭めてしまう。
 でも、なぜそれでもなお、こだわり続けるのか。
 それは、こだわり抜いた先に、“最高の満足”があることが分かっているから。


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  1. 2012/12/01(土) 02:17:09|
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武蔵が追い求めたもの

musashi_sousyoku.jpg

武蔵が追い求めたもの

時は安土桃山。

豊臣秀吉の死、そして関ヶ原の戦いでの結果によって、徳川を中心に平和な世の中に変わりつつあった。

そのような時代の変化は、武士たちの生活に多大な影響を与えた。

武士が活躍する戦そのものが、極端に減ってしまったからである。

よって、ある者は農業を、またある者は漁師になり、また別の者は商人となった。

多くの武士が生きるために職を変え始めた。

そのような中あえて武士、いや侍という職業を全うしようと試みた輩がいた。

その名は“宮本武蔵”という。

武蔵は新免無二斎という優れた兵法家の下で育った。

その影響か、子どものことから常に侍の中で天下を取るということを、意識させられて育った。

剣豪と聞くものがいたら、真っ先にいって勝負に挑む。

槍術で有名だった宝蔵院の胤舜、鎖鎌の宍戸梅軒、京の兵法家吉岡清十郎、伝七郎を破っていくと、武蔵の名は世に知られるようになっていった。

それと同時に、武蔵という名を名乗る輩も増えていった。

武蔵にとって、それは許すことができなかった。

自分の名前を使って、傍若無人に振舞っている行為について。

それからというもの、大剣豪に勝負を挑むと同時に、偽物退治にも乗り出した。

ある日、偽物の武蔵と勝負をし、間一髪の差で勝負に勝った。

それは、武蔵にとってあまりにも衝撃的だった。

彼は、言ってみれば、世間ではとても優秀な剣豪だったから。

武蔵は疑問を抱いた。

今知られている武蔵という名前は、もしかしたら彼が作り出したのではないか、という。

考えてみれば、自分が武蔵ということを証明するものは、一切持っていなかった。

名前を名乗ることしか、自分が武蔵であることを伝えることができなかった。

そんな思いは、巌流島で佐々木小次郎を破っても、武蔵が天下無双の剣豪と知られてからも、心の中でずっと消えることがなかった。

ある日、偶然沢庵という高名な僧侶と再会した。

武蔵が何かあるたびに出会う僧侶である。

彼に今の思いを打ち明けた。

すると、沢庵は、

「自分の名前を証明するものが欲しいだと。武蔵、お前は自分という言葉を知ってるか?自らを分けることが自分なんだ。今持っているものを他のものに分け与えてこそ、自分というものを明らかにすることができるのではないだろうか」
といった。

沢庵の言葉を聞いた武蔵の顔はみるみる変わっていった。

そして、熊本市近郊の金峰山にある霊巌洞にこもり「五輪書」というものを書き上げた。

五輪書の中に、武蔵は自分の生い立ち、独自の兵法、戦いへの心構え、そして他の人の兵法など、武蔵が常日頃から考えたもの、すべてをそこに記した。

たちまち、武蔵という人物が世をにぎわせ、400年過ぎた現代の時代まで、名を語り継がれるようになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんな風に人は何かをするたびに、自分の何かが人の心の中に移っていく。

話をしたって、メールをしたって、誰かの前でダンスしたって、目の前の人にほんのわずかかもしれないけれど、何らか影響を与える。

いい影響でも、悪い影響でも、たくさんの影響を人に与えて人こそ、知名人になるのではないだろうか。

自分。

いや、自らを分ける。

人々が自らを分けた、それぞれの影響をまとめるものとして“名前”というものがあるのではないだろうか。

まぁ、これは逆説的に考えたものだけれど・・・

ところで、あなたは自分を証明するものを持っていますか?

そして、その名前はどんな影響を持っているものですか?

テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/11/25(日) 06:43:37|
  2. 小説
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おっちゃんの話

img_62779_237227_8.jpg


地方に行くと、電車の時間で待たされることが多い。
1時間待ちや2時間待ちはザラだ。
はじめのうちは、都心近辺に住んでいる私にはなかなか受け入れられるものではなかった。
電車を降りると、雪がちらついていた。
いつもなら、お金をケチって駅の待合室で待っていることが多いのだけれど、今日はなんとなく温かいところに行きたいと思った。
寒さで、ちょっぴり寒しい気持ちになったからだろうか。

改札を抜けて、外に出ると辺りは真っ暗だった。
どこか漫画喫茶とは行かないけれど、どこかゆったりできるところはないかなと思っていると、遠くの方に赤い光が見えた。
真っ暗な中にひょっこりと光る光。
「光があるってことは誰かいるのかな。きっと誰かいるよね」
と思いながら、雪を掻き分けて歩き出した。
赤い光の近くに近づくにつれて、段々と赤い光がなんなのか、なんとなく分かってきた。

居酒屋の赤提灯だった。
財布を見たら、あんまり余裕はなかったけど、次の電車までまだまだ時間があった。
まぁ、明日のご飯をケチればなんとかやっていけるかなと思い、店の中に入った。
「いらっしゃい」
と言葉をかけられながら、中へ入っていくと、温かくて、おいしそうな空気が私の体を包み込んだ。
そう、お腹空いてたんだっけと、そのとき感じた。
旅に出ると、いつもとリズムが違うせいか、なかなか自分の欲に気づきにくいときがある。

カウンターに座り、メニューの中から適当に頼んだ。
食べ物や飲み物を待ちながら、店の中を観察した。
とっても年季のある居酒屋さんで、昭和を感じさせる小物が至るところに飾られていた。
私の祖父の家も、祖父が大好きだったせいか、こういう小物が家中のいろんなところに散りばめられていたなと思いながら、見ていた。

店内をキョロキョロ見て回っているのに、地元の人ではないと感じたのだろうか。
ひとりのおっちゃんが私に声をかけてきた。
「兄ちゃん、どこから来たの」って。
それをきっかけに、そのおっちゃんとお酒を酌み交わしていた。
この場所のこと、おっちゃんの家族のこと、おっちゃんの仕事のこと。。。
おっちゃんは自分の話をするのが好きなせいか、話を聞けば聞くほどおっちゃんのことが分かった。
そのおっちゃんの話でとっても興味深いものがあった。

おっちゃんの仕事は漁師で、朝早く漁へ出るという。
海にはいくつかの魚がたくさん寄ってくる、ポイントがあるという。
そのポイントをいかに多く見つけるかが、漁師にとっての財産だとおっちゃんは言っていた。
でも、その財産を狙うライバルはたくさんいる。
もしその漁場を誰かに見つかってしまったら、奪い合いが始まり、いつの日かそのポイントでの乱獲が始まり、ある日漁場はなくなってしまうかもしれない。
だからこそ、持っている漁場は慎重に守らなくてはならない。

そこで重要なのが、二つある。
いつでも自分の漁場に戻って来れること。
いい漁場を見つけても、戻ってこれなければ意味がない。
ただ、戻るためには何か目印がなければ、なかなか見つけることができない。
大きな岩場だとか、目印としてブイを使うとか。
広い海の中でいつでも戻ってこられるような目印を見つけることが、とても大切だ。

そして、二つ目。
その目印を、ライバルに簡単に悟られないようにすること。
目印として、漁場の真上にブイをうてば、すぐさま誰かの目に留まってしまう。
漁場を失うとは漁師にとって死活問題なのだから、それを誰かに悟られないようにする。

そんなおっちゃんの話を聞きながら、おっちゃんには悪いけど他のことを考えていた。
この漁場の話は、漁師に限らず、人生の至るところでもそうなのかもしれないって。
道を歩くときだって、そう。
素敵なレストランとか素敵な花が咲いていたとか、大好きな人が通る場所もそう。
まずはそのポイントを忘れないことが大切。
そして、たくさんの人にそれを教えないことも。
教えれば教えるほど、それは自分にとって居心地のいいところとは別のものになってしまう。
素敵なレストランでも、多くの人で毎日ごった返して、なかなか食事することができなかったら、、、
素敵な花が咲いても、そこに多くの人が訪れたら、その花の印象はどうなるんだろう!?
また、大好きな人が通る前にたくさんのライバルが訪れたら、好きな人の心を果たして射止めることができるのだろうか。

それから、おっちゃんとは気があって、結局は待っていた電車をすっぽかしておっちゃんの家に行った。
かわいそうなおっちゃん。
これから、私がおっちゃんの大切なポイントを探ろうとしているかもしれないのに。
なんてね。
私は漁師じゃないからそれはできないか。
でも、少なくともおっちゃんの素敵なポイントを盗もうかなと考えてる。
形あるものではなく、目に見えない大切なものをね。

テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/11/24(土) 08:18:37|
  2. 小説
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心の中の旅

グルングルン。
グルングルン。
グルングルン。

どこからともなく、音が聞こえてくる。
なんの音なんだろう!?
どこから聞こえてくるのだろう!?

意識を集中してみると、頭の中からだった。

グルングルン。
グルングルン。
グルングルン。

じーっと意識をしてると、だんだんと見えてきた。

お金のこと、将来のこと、仕事のこと、趣味のこと、、、
たくさんの悩みの塊だった。

だから、ずっとひとつのことに集中できなかったんだ。

本を読んでも、早く本を読み終わることだけを考えている。
内容を読み取るのではなく、ただたんに読み終えることだけを。

仕事をやっても、やる前から常に心配している。
今日は売り上げないよとか。
お客さんに怒られるとか。

でも、、、
きっと心の中ではたくさんの想いが、私に気づかれようとして悪戦苦闘していたのかな。

心はそれをしたかったのに、私の頭はそれを無視して、他のことをやろうと思ったのかな。

分からない。
ただ、そう考えると、少しだけ“グルングルン”という心の中の音が収まったような気がした。

昔、ジェンドリンというアメリカの心理学者の本を読んだことがある。
その本には、こんなことが書かれていた。
“体に意識を向けていると、どこかに違和感、あるいは不思議な感覚がする場所がある。そんな感覚に意識を向けてみよう”って。

それって、いったいどういうことと思いながら、やったことを今でも覚えている。
仰向けになって、目をつぶって、体のいたるところに意識をする。
すると、だんだんと体の中の音が聞こえるようになる。
心臓のドクドク、ドクドクという音。
血の流れる音。
脈の音。。。
それでも体の中に意識を集中していくと、違和感を感じる場所が見つかった。
胸の辺りだった。
その感覚にじーっと意識を集中させる。

すると、突然頭の中にイメージが“パーッ”と広がった。
あたり一面が草原になった。
山は見当たらないし、木も一本も生えていない、草だけの草原。
あれっ、
こんなところに来ちゃって、大丈夫なんだろう。
ただただ、知らない場所に来たことで不安だった。
ちゃんと知っている場所に買えることができるのだろうか。
ちょっとでも帰れるヒントを探そうと、辺りを見回していると、突然、目の前に黒っぽいものが現れた。
よ~く見てみると、目の辺りだけが白くて、後は真っ黒な牛だった。
真っ黒な牛は二本足で歩いていて、手にはこん棒を持っていた。
何かされるのかなという不安が心の中に広がった。
そして、逃げた。
逃げて逃げて、逃げまくった。
だけど、逃げても逃げても、ずっと真っ黒な牛は追いかけてくる。
もう逃げられないと思い、あきらめた。
抵抗はやめよう。
どうせ、もう逃げられないのだから。

襲われるのを覚悟して、歯を食いしばっていると、真っ黒な牛は私の隣にちょこっと座った。
なんにもしゃべることなく、じーっと私ではなく目の前に広がる草原をじーっと見ていた。
なんか変だなと思いながら、私も真っ黒な牛とおんなじように座った。
じーっと目の前を見ていると、さっきまで感じていた不安が薄れていくような気がした。
だって、もう真っ黒な牛から“逃げなくてもいい”のだから。
そう思ったら、なぜか真っ黒な牛に懐かしい気持ちがした。
こういう風に過ごしたことが昔にもあったような気がした。
そしたら、涙がポタポタとこぼれてきた。
そして、無性に抱きつきたくなった、真っ黒な牛に。
抱きしめても大丈夫かなと思いながら、真っ黒な牛の顔を見ると、牛も泣いていた。
思い切って、抱きしめた。
思いっきり。
力の限り。
心が重なるくらいギュッと。
すると、甘い光が私たちの周りに広がった。
温かくて、とっても懐かしい光だった。
たぶん私が赤ん坊だったときに、感じた光だったと思う。
たくさんの人に囲まれていて、その視線はすべて私に注がれていた。
それはそれは、とても温かいものだった。
その瞬間、思ったんだっけ。
私はこの世に生まれてきてよかったんだって。
そしたら、とっても嬉しい気持ちになった。
温かい気持ちになった。
私をこんなにも愛してくれる人がいることに。

そのとき思った。
今まで人に愛されるために努力してきた。
人よりも頭がよくなるように。
人よりもいい景色を撮るように。
人一倍、いろんなところに行くように。
人よりもいい人になれるように。
人よりもいい会社、いい大学に入れるように。
精一杯努力した。
いい人になろうと思って、いろんな試みをしたけど、結局ダメだった。
そして、いつの間にかグレて、今になっている。

でも、私にはこんなにも私のことを温かい目で見てくれる人がいる。
そのことに今気づいた。
すると、心の底からパーッと温かい気持ちになった。
目をそっと開くと、真っ黒な牛はいなくなっていた。
私の両腕の中から、小さい光となっていろんなところに飛んで行ってしまった。

草原に一人座って、小さな光をじっと見つめていた。
草原に来たときと違って、心の中がすっきりしていた。
たくさんのことを一度にやらなくてもいいんだと、ふと思った。
今のままでも私のことを温かい視線で見守ってくれる人がいるし、
それに、人によく思われようとするのではなくて、自分のもっとやりたいことをやってもいいんだと、思ったからかな。
もっともっと自分のことが好きになれるような生き方をしたいなって、意識したら突然体が中に浮いて、違う世界にやってきた。

目を開くと、見慣れた景色だった。
私の住んでいる家の天井。
元に戻ってきた。
グルングルンという音は消えて、心の中は清々しい気持ちになっていた。
そして、窓の外からは素敵な朝日が差し込んでいた。

さあって、今日はどんな風に一日を過ごそうかな!?

テーマ:今、思うこと。 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/11/23(金) 08:15:58|
  2. 小説
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15M運動


今、スペインをはじめとして、15M運動というものが世界各国に広まっている。
15M運動は、”助け合いの精神”から成り立っている。
経済の厳しいスペインでは、国民一人ひとりが助け合わなければ暮らせなくなってきているのだろうか!?
平和ボケしている日本に暮らしているせいか、なかなかその実感が沸かない。
ただ、”助け合い”と聞いて、どこか懐かしい気持ちになるのは私だけだろうか!?

昔の日本では、近所に住む人とは、お醤油一本でも借りに行くほど交流があったと聞く。
そんなお金の要らない”人と人との交流”が今社会に求められているのではないかと、この活動の意図を読み解きながら実感した。
「私は昔から両親や社会から、人よりも偉くなること、お金持ちになることを教えられた。だからこそ、競争に勝てるような人間になりなさいと。でも、今それは間違っていると思う。人と人とが助け合い、一緒に家庭や社会を作り出す集まりを作ること。それこそが、終わりのない競争に不満を抱きながら孤独な戦いの人生を生きることから抜けて、大きな夢を心の許しあえる者と分かち合える生活を作り出すことにつながるのかな」
なんて。。。
人が素晴らしいのは、やっぱり次々といろいろな人と関係を作れることだよね☆ノノ

http://doujibar.ganriki.net/webspain/Spanish_5-15_movements-05.html







515スペイン大衆反乱 15M 第5話 世界に広がる「スペイン革命」
doujibar.ganriki.net.



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岩嶋 寛幸さんが「いいね!」と言っています。.














  1. 2012/10/28(日) 10:25:38|
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